城東高速の野球輸送

(注: 本稿は「架空鉄道雑誌」に寄稿したものを、設定変更にともない加筆・修正したものです)

近畿2府1県に路線を持つ城東高速鉄道。関西以外では傘下のプロ野球球団「城東ヒーローズ」の方が馴染み深いであろう。毎年、阪神タイガースと熱戦を繰り広げており、奈良市鴻ノ池球場や阪神甲子園球場での城東・阪神戦には熱狂的ファンが詰め掛ける。

路線と球場の位置関係

路線と球場の位置関係

その観客を運ぶのは、我らが城東高速鉄道である。鴻ノ池球場は木津川線鴻ノ池駅の至近であるため、学研都市沿線のみならずトンネルを抜けて大東市や大阪市まで列車1本で行くことができる。また、木津川線木津川駅で交差する近鉄京都線を経由して田辺駅で城東高速鉄道寝屋川線に乗り換えれば、枚方市や交野市からも短時間でアクセスが可能である。ちなみに、城東〜近鉄〜城東の通過連絡運輸も設定されており、野球開催時には2回の乗り換えを要するにかかわらず利用が多い。

さて、試合終了時には大勢のファンが家路に急ぐ。その大量の観客を捌くのが鉄道の使命であり、また利点である。奈良市内の観客は自家用車の利用が多いが大渋滞の道路を横目にすいすいと移動できるのが鉄道のよいところだ。

鴻ノ池の臨時停車および臨時急行の時刻表

鴻ノ池の臨時停車および臨時急行の時刻表

城東ヒーローズは昔から鴻ノ池球場を本拠地としており、城東高速鉄道の観客輸送も手慣れたものである。乗り入れ先の阪神電車も甲子園の観客をあっと言う間に運ぶことで有名であるが、城東高速も「神隠し」と言われるほど手際がよい。鴻ノ池駅3番線は大阪方面の当駅始発専用ホームで、ここに木津川車庫からどんどん列車が送り込まれてくる。

城東高速の平日夜間ダイヤは20分サイクルとなっており、木津川線は快速急行と準急が各2本走る。高山町で緩急結合しており、快速急行が網島に先着する。臨時急行は定期快速急行の直後にスジが仕込まれており、高山町では快速急行と束になって準急を追い越す。平日夜間であれば上り快速急行は閑散としているため鴻ノ池駅からは定期列車でも着席できることが多いが、鴻ノ池始発の臨時急行は確実に席が保証されているためこちらに乗る客も多い。また、大東で折り返して寝屋川線交野方面に向かう客は快速急行を利用できないため必然的に臨時急行の利用になる。

試合終了まで責任をもって輸送

城東ヒーローズのファンにとってありがたいことに「試合終了まで列車を運行する」ことも特筆される。いくら試合が長びこうが、城東高速の沿線であれば確実に帰宅できるのである。近年では延長12回までと制限されたため試合終了は長くとも22時過ぎであるが、15回まで延長線があった時代は23時過ぎの試合もしばしばあった。

注意が必要なのが他線への乗り換えである。連絡他線については試合終了まで終電延長の保証がないため、観客自ら終電までに帰る必要がある。スコアボードに目的地別の終電案内を出して、電車の乗り継ぎに不案内なファンへの便宜をはかっている。

この「試合終了まで列車がある」ことを象徴するのが、1992年9月11日のプロ野球最長試合である。奈良市鴻ノ池球場で行なわれた、城東ヒーローズ対阪神タイガースの一戦であった。両チームとも優勝争いに加わっており一歩も引けない状況であったが、エンタイトルツーベースを巡る判定で悶着があり試合が中断されてしまった。40分後に試合が再開されたが、1対1の膠着状態のまま延長は続き、ついには日付が変わる0時を迎えた。

観客に早く帰って頂けるよう朝ラッシュを越える5分ヘッドのダイヤが組まれた

観客に早く帰って頂けるよう朝ラッシュを越える5分ヘッドのダイヤが組まれた

いくら野球輸送に手慣れている城東高速とはいえ、0時を過ぎる運行は初めてである。それでも、木津川車庫には帰宅ラッシュを終えた列車が滞留しているし、乗務員も「試合延長」の報によって木津川車庫や鴻ノ池駅で待機していたため、リソース的には支障がない。問題は列車ダイヤで、臨時列車のスジは23時30分までしか引かれていなかったのだ。スジ屋があわただしく0時以降の臨時ダイヤ作成に入った。幸い、城東高速の木津川線上りは0時を過ぎると営業列車がないため、列車ダイヤは思いのままに設定できる。なんと、5分ヘッドで臨時急行と臨時普通が1本ずつ走るという朝ラッシュ以上の過密スジが引かれた。高山町で緩急結合を行い、大東→鴫野の複々線区間でも急行が普通を追い抜く計画となった。

さらに、対戦相手でもあり直通先でもある阪神電車からは「西宮まで臨時直通を受け入れる」提案があった。これにより、3塁席のタイガースファンも安心して試合終了まで経過を見守ることができた。

そして0時26分に試合終了となり、怒涛の5分ヘッドが始まった。1万5000人も残っていた観客がわずか30分で1人としていなくなった。阪神への直通は運転士手配が間に合わず15分に1本となったが、鴻ノ池〜西宮45分という深夜とは思えない高速運転を実現した。この輸送は野球ファンに高く評価され、その後、鴻ノ池球場を訪れる観戦客が増加するという効果をもたらした。

当時の発車案内表示機を再現。臨時急行は木津川と地下駅のうち南森町・桜橋・福島を通過したのだが、それに対応した表示が案内板になかったため駅員が紙を貼って停車駅を修正した。ちなみに1992年はソラリー式、いわゆるパタパタ式が全盛であり鴻ノ池駅もこのタイプであった。

当時の発車案内表示機を再現。臨時急行は木津川と地下駅のうち南森町・桜橋・福島を通過したのだが、それに対応した表示が案内板になかったため駅員が紙を貼って停車駅を修正した。ちなみに1992年はソラリー式、いわゆるパタパタ式が全盛であり鴻ノ池駅もこのタイプであった。

使えなかった連絡きっぷ

0時55分に発売されたきっぷ

0時55分に発売されたきっぷ

列車運行は完璧だった城東高速だが、営業面では失敗談もあった。すでに近鉄京都線の運転は終了していたにかかわらず、木津川での近鉄連絡きっぷ、および木津川・田辺で乗り換えとなる近鉄通過連絡きっぷを発売し続けたのである。定期列車では城東高速木津川線の終電の方が早いため、「最終列車まで連絡きっぷを発売する」という業務で問題はないのだが、この日は終電を大幅に延長したため近鉄の終電に合わせて連絡きっぷの発売を止めるべきだったのだ。

当然ながら木津川駅で乗り換えができない客のクレームが発生した。さすがに近鉄京都線で臨時列車を運行してもらうことは不可能だったため、大東まで城東高速木津川線で移動してもらい、大東から田辺方面への臨時列車を仕立てる対応が取られた。前述の臨時阪神直通と加えて、究極の野球輸送と言われている。

その後、自動券売機のプログラムを改良して、連絡他社の最終列車に合わせて連絡きっぷの発売が自動的に停止されるようになった。現在では、連絡きっぷに関するトラブルは起きていない。

なお、この年は城東ヒーローズも阪神タイガースも優勝を逃した。最長試合の呪縛で勢いを削がれた格好である。電車は動いたが勝運は止まってしまったのだ。

鴻ノ池ドームの誕生

成績はいまひとつふるわないものの、城東ヒーローズは着実に人気を伸ばしている。球場に足を運んでもらう営業政策を続けた結果、鴻ノ池野球場は年々狭さが目立つようになってきたため、201x年ついにドーム球場として改築されることとなった。その記念として国民的アイドルグループ SNMP のコンサート誘致に成功した。奈良市内の宿泊施設の少なさをカバーするため、コンサート終了後は地下鉄直通の臨時列車を多数運行する予定である。また、遠方からの観客に対応するため、定期ダイヤでは存在しない関西空港から城東高速木津川線への臨時直通も計画されている。

城東高速鉄道の沿線住民として、ますます魅力が高まっていくのはうれしいことである。

※史実では1992年9月11日の試合は阪神甲子園球場で開催されました (タイガースvsスワローズ)。よって「鴻ノ池球場でのプロ野球最長試合」は虚構です。阪神電車は臨時列車を出して沿線住民を送り届けたそうですが、終電を延長することは明文化されていません。試合終了が遅くなりそうなときは、各自で終電を判断して観戦を切り上げるようにしましょう。