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年譜を公開

(架空鉄道サイトとしてのお知らせです)

城東高速鉄道の年譜を公開しました。内容は2015年夏に発刊した「120年のあゆみ」に掲載した年譜から抜粋・加筆したものです。社史では史実との比較になっていますが、ウェブサイトではページ幅の都合で史実の出来事は省略しています。かわりに車両の登場年が追加されています。

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歴史を見直し

(本記事は架空鉄道サイトとしてのお知らせです)

城東高速鉄道の歴史を見直しました。史実との整合性を取れるよう、駅の設置時期や駅名変更時点を変更しています。

  • 開業(1895年)から奈良延伸(1902年)までに存在する駅を削減しました。1902年時点では、東鴫野・七軒家・朋来・打上・交野・津田・大住・三山木・祝園駅がなくなりました。
  • 大東駅の開業時点での駅名を「住道」にしました。大東市は1956年発足のためです。四條畷駅も開業時点では「甲可」駅という設定だったのですが、サイト公開時に作った路線図には反映されていなかったため、修正しました。
  • 三山木・祝園駅は1916年の京都線建設時に設置したという設定にしました。
  • 交野駅は1929年の信貴生駒電鉄開業時に設置したという設定にしました。
  • 京都線の桃山御陵前駅は、1945年に京都市と国の主導で伏見桃山総合駅として改築したことにしました。なお、この架空鉄道の世界では堀内駅 (現、近鉄丹波橋駅) は存在しません。ちなみに、史実では同年に京阪の丹波橋駅を京阪と奈良電が共同利用開始しています。
  • 打上・津田・大住駅は1947年の近鉄から分離時に設置したという設定にしました。ちなみに、史実では大住駅は1952年開業、東寝屋川駅(打上駅のモデル)、藤阪駅(津田駅のモデル)は1979年開業です。

これでかなり自然な歴史となりましたが、城見駅付近の砲兵工廠の扱いに不自然さが残っていると考えています。戦時中ですと駅を閉鎖させられるか、線路を迂回させられるかの措置が取られる可能性がありそうです。逆に、工員や軍人の専用駅として使用される可能性もありそうですが、そうなると国有化されないと不自然なので、この可能性は考慮していません。

また、乗り入れ先の阪神本線・空港線のダイヤも策定中です。昼間は15分ヘッドにする計画ですが、桜橋〜関西空港を29分ちょうどにできず、29分30秒となりましたので、城東高速のダイヤも微調整が必要となりました。朝夕のダイヤも検討し、城東高速のダイヤと整合性を取れれば公開できると思います。